三都杯決勝大会。

ステージに立つvetica・阿部力さんの周りには、3人のモデルさんがいる。
異なるヘア、異なる衣装、異なる佇まい。そのすべてが混ざり合いながら、ひとつの世界をつくっていく。

阿部さんがこの日のためにつくり上げたものは、ヘアスタイルだけではない。衣装、音楽、モデルさん、そしてそこに関わった人たち。

決勝までの時間そのものが、ひとつの作品を形づくっていた。

「自分たちで何かを作り上げたいっていうチームで」

そう語る阿部さん。三都杯決勝へ向かう3か月間は、阿部さんにとって、作品をつくる時間であると同時に、人とのつながりを改めて感じる時間でもあった。

スタッフも、お客様も巻き込んだ3か月間

決勝までの道のりを振り返る阿部さんは、まず周囲の人たちについて話す。

「スタッフで衣装、音楽も担当したり」

そして、
「お客様を巻き込んで手伝ってもらったりとか」
ひとりの美容師さんがコンテストに出場する。

けれど、そのステージは決してひとりだけでつくられているわけではない。

衣装を考える人。

音楽をつくる人。

モデルさん。

サロンのスタッフ。

さらには、普段サロンに通ってくれているお客様まで。

多くの人が関わりながら、ひとつのステージが完成していく。

阿部さん自身、
「無理させた部分もあるんですけど」と振り返る。

それでも、一緒に時間を過ごし、一緒に考え、一緒につくったことで、

「スタッフとの絆が深まったというか」

と感じた。

予選から決勝まで。作品だけではなく、人との関係まで変化していった。
それもまた、今回の三都杯で阿部さんが得たもののひとつだった。

表面ではなく、その奥にあるカルチャーを見る

阿部さんの作品づくりを支えているもの。
そのひとつが、veticaというサロンで培ってきた考え方だ。

ヘアスタイルを見る。

ファッションを見る。

音楽を見る。

けれど、そこで終わらない。

なぜ、そのスタイルが生まれたのか。

なぜ、その音楽が生まれたのか。

その背景にはどんな文化があり、人がいて、時代があるのか。

阿部さんは、
「ちょっと、深くカルチャーを伝えてもらえるというか」と話す。

ただ資料を見るだけではなく、「そこを実際体験できるような」機会も与えてもらった。

例えば、社員旅行。

実際に場所へ行き、人に触れ、文化を体験する。
そこまで深く入っていって初めて、「ヘアスタイルに落とし込んでみなよ」というところへ進む。

表面的な格好よさだけを真似するのではない。
そのスタイルが生まれた理由まで知ったうえで、自分のデザインに変換していく。

それが、阿部さんがveticaで学んできたクリエイションのあり方だ。

もっと深いところまで見た方がいい

作品をつくっていると、答えが見つからないことがある。
そんなときに周囲からかけられてきたのが、

「もっと深いところまでちゃんと見た方がいいよ」

という言葉だった。

そして、

「そこに何かがあるから」

と。

簡単に答えを教えてもらうのではない。自分自身で考え、調べ、体験する。
そこから何かを見つけ、まずつくってみる。

「そこをチャレンジする」

そして、そのトライ&エラーのなかで、必要なときには周囲から手を差し伸べてもらう。
アドバイスを受け、またつくる。その繰り返しによって、デザインは少しずつ深くなっていく。
今回の三都杯でも、その積み重ねが3人のモデルさんによるステージへとつながっていった。

「Mash Up」——違うものが混ざり、新しいものになる

決勝ステージで阿部さんが表現したテーマは、

「Mash Up」。

3人のモデルさんは、それぞれ異なる個性を持っている。

色。

質感。

シルエット。

衣装。

一人ひとりを見ると違う。けれど3人が並んだとき、それぞれの違いがぶつかるのではなく、ひとつの世界として成立する。

音楽、ファッション、ヘア。

異なるカルチャーを組み合わせ、新しいものへと変えていく。

その考え方は、阿部さんがこれまでveticaで学んできた「深くカルチャーを見る」という姿勢ともつながっている。

人が身につけるもの。

人が聴くもの。

人が選ぶもの。

そのひとつひとつに背景があり、それらが混ざり合って、その人自身のスタイルになる。

まさに、「人が纏うすべてが、カルチャーになる」。

そんな阿部さんの考えが、決勝ステージには表れていた。

数々の評価の先に、グランプリ

表彰式。

阿部さんと3人のモデルさんの名前が、次々と呼ばれていく。

ジャーナル賞。

デザイナーズ賞。

さまざまな審査員さんから評価を受ける。そして最後に発表された、

2026三都杯デザイナーズコンテスト

デザイナーズ部門 グランプリ。

阿部さんの名前が呼ばれた。

ステージに立つ阿部さんの横には、作品をともにつくり上げたモデルさんたちがいる。
けれど、その場で阿部さんが語ったのは、自分自身のすごさではなかった。

「俺、スゴいぞ!」と言っていた20代とは違う

グランプリ受賞後、阿部さんはマイクの前でこう話す。

「『俺、スゴいぞ!』って言ってた20代とは違って」

そして続ける。

「今は、感謝の言葉しか伝えられない」

コンテストで結果を出す。

賞を取る。

それは、自分の技術や表現が評価された瞬間でもある。
けれど、そこへ至るまでにどれだけの人が関わってくれたのか。

スタッフ。

モデルさん。

お客様。

サロン。

自分にアドバイスをくれた人たち。

挑戦を続ければ続けるほど、自分ひとりでできることの少なさにも気づいていく。

阿部さんは、

「僕も成長してきて」

だからこそ、今度は、

「みんなに還元できるような」

存在になりたいと語る。

グランプリを取ることが、阿部さんのゴールではない。
その場で語った言葉には、すでにその先がある。

「ちゃんと活躍して」

そして、

「これからもveticaの看板を背負って引っ張っていくんで」

自分が評価されたら終わりではない。自分が得たものを、サロンへ返す。

後輩へ返す。

関わってくれた人たちへ返す。

そうやって、自分自身が次の誰かを押し上げる存在になっていく。

20代の頃の「自分がすごい」という感覚から、周囲への感謝へ。

阿部さんにとって今回のグランプリは、美容師さんとして積み重ねてきた時間そのものを確認する瞬間でもあった。

いつか「世代交代できる」と認めてもらえるように

阿部さんは、自分自身について、

「まだまだ、そういう世代なので」と話す。

自分より上の世代には、まだ多くの先輩美容師さんがいる。

技術も、表現も、業界での存在感も。
まだ追いかける立場にいる。
だから、今はできることを続けていく。

そしていつか、

「世代交代できるね」

と上の世代の美容師さんたちから認めてもらえるような存在になる。

「美容師でありたいし、業界の立ち位置になりたい」

そのために、「まずは自分ができることを貪欲にチャレンジしていきたい」と阿部さんは語る。